信州物語
私は、かねてから信州の美ヶ原高原に行ってみたいと思っていた。ちょうど都合のいいことに両親の生まれが長野県の塩尻なので、宿泊は親戚の家にお世話になることにした。
この物語は、単に美ヶ原に行って楽しかったというだけではなく、後半にもっと思いがけないことが起こるのであった。
1997年7月19日。天気は、快晴。この週末は海の日を絡めた3連休であったので、高速道路も朝早くから渋滞していた。9時前に母親と共に神戸の実家を出発した。阪神高速神戸線を通り、西宮から名神高速に乗った。電光掲示板には、「京都南 渋滞20km、京都南まで2時間」となっていた。げっ、やっぱり。諦めて、渋滞の道を進むことにした。京都南を過ぎたのが昼過ぎくらいで、そこからは渋滞なくスムーズなドライブになった。
直接信州まで行ってしまうのは、あまりにも勿体ないため、途中にある滝を地図で調べて、時間の許す限り寄っていくことにした。まず、1つ目が養老の滝。名神高速の大垣インターで降りて、約20分くらいの所にこの滝があった。
続いて、2つ目の滝にチャレンジしようと思い、今度は中央道の中津川インターで降りて、国道19号線を北上した。地図を見るとこの先には、「うるう滝」「木曽田立の滝」などたくさんの滝が書いてあった。しかし、19号線が道路工事のため一部片側通行となっており、渋滞で車が動かなくなってしまった。この時点で、昼の3時半をまわっていたので、親戚の家への到着があまり遅くなってもいけないので、滝は断念して中津川インターに引き返すことにした。(今度は、絶対に行くぞぉ〜!)
中央道の岡谷ジャンクションから長野道に乗り、今日の宿泊先である穂高町に向かった。
翌20日も最高の天気であった。お世話になった親戚夫婦も、一度も美ヶ原に行ったことがなかったので、一緒に行くことにした。昼食のおにぎりと桃を持って、いざ美ヶ原へ。といっても、信州の道は全然分からなかったため、親戚のおじさんに道案内をしてもらいながら行くことにした。時期的にもいいので、途中の道が混むんじゃないかと心配していたんだけれど、まったく渋滞せずに美ヶ原に到着できた。浅間温泉の方から行かれることをお勧めします。ここの感想を端的に言うと、「朝から晩まで、ここでボーとしていたい!」ってところかな(笑)。それくらい、心が落ち着く雄大さがありましたね。ここにある「美ヶ原高原美術館」は、野外美術館になっていて、周囲の至る所に彫刻が”転がって”いた。私には、よく分からないものばかりだったため、”転がっている”という風にしか見えなかったんですけどね。
名残惜しかったけれど、夕方4時前に美ヶ原をあとにして穂高に戻ることにした。帰る途中で、来るときに目を付けていた白樺林で車を止めて休憩をすることにした。ついでに愛車(実家の車なんだけど・・・)を入れて写真まで撮ってしまった。なかなか良いでしょ?
穂高で親戚夫婦にお礼を言った後、今日の宿泊先である塩尻の親戚の家に向かった。ここは、母親の生まれた家で、小学校の頃までは年に1度くらい遊びに来ていたのだけれど、私は中学以降忙しくなって、ほとんど顔を出さなくなっていた。この車に変わってから初めて来ると思うので、4年ぶりくらいだと思う。小さい頃から、来馴れているということもあり、どことなく落ち着く。それに、部分的に改修されているとはいえ、家全体が懐かしさに溢れていた。昔と変わっていない、玄関の戸、お座敷、廊下・・・その日は、そんな懐かしさをかみしめながら寝ることにした。
次の日、1日早く電車で帰る母親を塩尻の駅まで送りにいって、一人でブラブラすることにした。といっても、今回信州に来た目的は、2年ほど前にやっていたドラマ「白線流し」のロケ地を巡ることだった。幸いホームページにロケ地現場を紹介したものがあったため、それをプリントアウトして持ってきた。しかし、ロケ現場を探すのは一苦労だった。大きな目印のある建物とかなら、簡単に分かるんだけど、ちょっとした”公園”とか”橋”などは、結局ほとんど見つけられなかった(泣)。見つけられたのは、松本電鉄の「新村駅」と「深志神社」くらいだった。もう少しゆっくりと探しても良かったのだが、この後待ち合わせ場所に行かなければならなかったため、3時過ぎに松本を後にすることにした。
[待ち合わせ場所へ]
私と同じく、7/19から会社の同期のS氏(イースター島編参照)とH氏の2人が北陸にバイクでツーリングに行っていた。その話を前から聞いていた私は、旅行に行く前にS氏に「どこかで待ち合わせしよか?」と冗談で言ったところ、「うん、ええで。どこにする?」ということになった。最終目的地は、「天竜川」と決めていたため、「JR飯田駅」で待ち合わせしようということになった。「飯田駅の駅ビルの地下にある喫茶店(店名:アルファ)に、夜の7時から8時くらいの間に待ち合わせしよう。」まあ、飯田くんだりに駅ビルなんてないわなぁ(飯田の方々、失礼しました。)、なんて思ったけれど駅に伝言板くらいあるだろうから、そこに私の泊まるホテルを書いておくことを付け加えておいた。
そんなこともあって、私は早めに飯田に行くことにした。
松本を出る前に、飯田駅近くのビジネスホテルに予約を入れておいた。5時半くらいに飯田市内に入り、まず駅を探した。駅を見つけて一言、「駅ビルなんてないわなぁ。」当たり前です!でも、伝言板くらいはあるやろうと思い、車を止めて駅の待合室付近をうろうろしてみた。伝言板がない!
そんなアホな!仕方がないんで、待ち合わせ時間までは、ホテルで休憩することにした。とはいえ、私の予想ではやつらが来る可能性はあまりないと踏んでいた。というのも、確かその日の昼頃に高山を出てくるというようなことを言っていたため、8時頃に飯田に来るのは難しいだろうから。そう思い、夕飯を一人で先に食べることにした。ホテルを6時30分に出て、ご飯が食べれそうな店を探しながら、とりあえず駅に向かった。さすがにまだ来てないみたい。店を探しては見たが、あまり良さそうな店がなかった。その中で一つだけ駅前に”おいしい料理”を食べさせてくれそうな小料理屋を見つけて、そこに入ることにした。生ビールとてんぷら定食を頼んだ。店の中の雰囲気も良くて、天ぷらもとてもおいしかった。うん、私の目に狂いはなかった。おなかが満足して、店を7時過ぎに出た。駅に向かって歩いていると、怪しい人影がこちらに向かって歩いて来るではないか!
ヘルメットを持ったS氏であった。私は開口一番一言「アホちゃうか!」
「その一言が聞きたくて、ここに来たんやで。」(S氏) その向こうにH氏も疲れた顔で座っていた。「おまえら来うへんと思ったから、もう飯食ってしもたで。」(私) 「何ー!」(S氏) とりあえず、私の泊まっているホテルへ案内し、そこに3人で泊まることにした。
荷物をおいて一息ついてから、私は2度目の夕食を食べに2人と行くことにした。行った店は、さっきと同じ店(笑)店に入って、ご主人に「また食べに来ました。」って言うと、「そうですよね。さっき来られてましたよね。」なんて言われてしまった。さっき十分食べたんだけど、3人で食べるとまた食欲が出てきたみたいで、気が付くと生ビール片手に2人が注文したものをつついていた。はじめ何人かいたお客さんも帰ってしまって、最後は店には私たち3人になった。その辺りから、ご主人がいろいろと話しかけてくれて、4人で話すようになった。ご主人も若い頃はバイクが好きでよく乗っていたそうで、S氏とH氏と3人でバイク談義に花が咲いていた。私は、バイクがよく分かんないので、話に加われなかった(^_^; 結局、10時前くらいまでその店でおじゃまして、ホテルに戻った。
次の日、天竜川下りをするために渡船場に行った。20人乗りくらいの船に乗り約1時間ほどのコースであった。川の流れは思ったよりは穏やかで、深い緑の山々を見ながらの、のどかな川下りとなった。途中船頭さんが2回ほど網を川に投げて魚を捕ろうとしていたが、2回とも失敗に終わった。
川下りの終着は「JR唐笠駅」で、ここで15分ほど待って電車で戻った。
この後、車1台とバイク2台が連なって、一路京都まで帰ることになった。
最後に、今回の信州ツアーは、後半2人の参加によって思いがけなく楽しい旅になった。一人旅もいいけど、3人旅(?)もいいなぁ、と再認識した私であった。S氏、H氏ご苦労様!
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Copyright (C) 1998 Kazuyoshi Nakajima